吉祥寺OUTBOUNDにて|2026年4月6日収録|2026年7月7日公開|1/4ページ
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小林和人
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こばやし・かずと
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1975年生まれ。幼少期をオーストラリアとシンガポールで過ごす。1999年、美大仲間とともに吉祥寺の古ビルの一角で「Roundabout(ラウンダバウト)」を始める(建物の取り壊しに伴い、2016年に代々木上原に移転)。2008年、物の余白の領域に着目する場として「OUTBOUND(アウトバウンド)」を開始。2013年より、物がもたらす抽象的な働きについて考える「作用」展の開催を継続的に取り組んでいる。国内外の様々な場所での展示、スタイリングや商品企画、執筆など手掛ける。
https://mendicus.com/
http://outbound.to/
吉祥寺のオンボロなビルの中に
小林和人さんと私の付き合いは古い。彼が大学を出てすぐにつくった店「Roundabout」がたまたま私の住む吉祥寺のマンションの隣のビルにあったのだ。とても古いボロボロのビルで、最初はキャバレーらしかったが、その次は予備校の教室だった。そこに若者らしい新しい店ができたので、私は興味を持ち、出かけたのだ。
そのビルには他にもいくつか店があり、なかでも「Floor」というカフェも衝撃的であった。3階にあるカフェに行くためにボロボロの階段を昇りながら私は鳥肌が立っていた。1999年のことである。私が会社を辞めて独立した年。まさに「第四消費時代」の最初。時代が変わろうとしていることを肌で感じた。
何度か小林さんの店を訪れ、小林さんに取材し、あるときこの店のキーワードは何かを聞いた。そのとき彼は「ゆるい」と答えた。私は「なるほど!」と感心した。当時私は毎日のように原宿、渋谷、高円寺、下北沢などの若者の街を歩いて新しい動きを取材していたので、「ゆるい」という言葉がぴったりだと思ったのだ。
そしてそのことを当時連載していた『日経新聞』のコラム「若者キーワード」に書いた。その連載でのその他のキーワードには「スロー」もある(『カルチャースタディーズ研究所20年史 三浦展の仕事』[カルチャースタディーズ研究所、2022]pp.20-21参照)。「第四消費時代」のキーワードを私は毎日探していたのだ。
「ゆるい」をひとことで説明するのは難しいが、雰囲気がゆったりしているとか、物の色が鮮やかではなく少し濁っているとかいった特徴があった。実は小林さんの店にあった物の多くは1960年代あたりの、当時としては未来的な、あるいはモダンなデザインだった。だがそれらが30年以上経つと、未来的、モダン、先端的というよりも、ゆるい感じになる。その落差が面白かった。
以下、書影を除き特記なきものはすべて三浦の撮影による
「ゆるい」からミニマルへ
しかし小林さんの中にはもっとたくさんの感性や好みや知識の引き出しがあった。99年当時はお店を仲間と一緒に運営していたこともあり、全員が共通して関心のある物を選んでお店に並べていたので「ゆるい」がキーワードだったが、しばらくして小林さんだけで店を運営するようになると、いろいろな考えがコップの中で掻き回されていたような状態だった。
しかししばらくすると、それまで自分の中に沈殿していた、もっと本質的な物、たとえば白いホーローの容器とか、シンプルとかミニマルのようなものへの関心が浮上してきた。
私はたずねた。
三浦展|小林さんの中にそういうシンプルで本質的でミニマルなものへの関心も元々あったのですね?
小林和人|そうなんです。今思い返すと1995年に池袋西武百貨店のセゾン美術館で「バウハウス1919-1933」展★1が、98年にやはりセゾン美術館で「柳宗理のデザイン——戦後デザインのパイオニア」展★2が開催されたのですが、それらの影響はあったんじゃないかと思います。でもその影響は、その時点では自分の奥深くにあったのでしょう。その後、生活の中で使う物とか軍の放出品とか、そぎ落とされた機能美のような、本質的な物に引かれていったのです。
店を始めたばっかりのときは自分の好みをすべて店に反映しないといけないという気持ちがあったのですが、やっていくに連れて、ちゃんと取捨選択して編集しないとお客さんに伝わらないと気づいてきて。
★1バウハウス(Bauhaus)は、1919年にドイツのワイマールに設立された建築、デザイン、美術の総合的な教育機関。モダンデザインの源流として、現代の建築やプロダクトデザインに多大な影響を与えた。
★2柳宗理(やなぎ・そうり、1915−2011)は、戦後日本のインダストリアルデザインを確立したプロダクトデザイナー。民藝運動の指導者であった父・柳宗悦の「用の美」(実用性の中にこそ美しさがあるという考え)を継承し、現代の生活に馴染む美しく機能的なデザインを数多く生み出した。
