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三浦 展が主宰する、
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カルチャースタディーズ 30代インタビュー 第3回

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文芸評論家 浜崎洋介さん
【略歴】文芸批評家/専攻は日本近代文学、文芸批評、比較文学。日本大学芸術学部卒業。
東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻博士課程修了・博士(学術)。
現在、東京工業大学・日本大学芸術学部非常勤講師

三浦:宮台は確かにそうだよね(笑)。女子高生の援助交際で革命だって言ってたと思ったら、天皇だ、アジアだになっちゃってね。

浜崎:そうですよね。『絶望から出発しよう』でしたっけ、あれも、絶望から始めようと言って言挙げする時点で、絶望から始まっていない気がする。絶望が前提でしょ、というところから始まったのなら、あの旗の掲げ方はすごく胡散臭いというのはありますね。

三浦:なるほど、なるほど(笑)。つまり、浜崎さん世代は、理念で旗を振ったりするんじゃなくて、リアルに自分の歩き方を突き詰めていこうと思っている世代ってこと?

浜崎:うーん、それしかできない、という感じですよね。

孤立無援の思想

三浦:逆に言うと、福田恆存は、自覚的にリアルに自分を追い込んだというか。僕も当然、60年安保のころとか、日米講和のころは、わからないわけだけれど、やっぱり当時のいろいろな論文を読み返してみると、本当にあの時代は、福田は孤立無援だよね。

浜崎:ほんと、そうですね。

三浦:他は全員、「平和万歳」だもんね。最近、竹内洋の清水幾太郎論を読んだの。あれを読むと、ここまで福田は孤立無援だったかなと改めて思った。当時はここまで全員、平和万歳、民主主義万歳みたいな雰囲気だったんだな、と。
 僕も大学3年のときに、ゼミ論文で天皇制論をやったので、久野収と神島二郎が編集した『「天皇制」論輯』という本があって、あろうことか三一書房から出ていまして、それを上下巻全部読んだんですよ。だから、戦後の思想、天皇制を軸として、戦後思想のエスキースといいますか、リーディングス的に読んではいるけど、あの竹内さんの本を読むと、ほぼ全会一致でという感じで平和万歳だね。そんなにみんな、そうだったのかなと、改めて思いましたね。

浜崎:いや、確かに。僕も、国会図書館に足を運んで、当時の福田についての言説を洗っていったときに、福田以外の論文も気になるから、読みますよね。そうすると、すごいですよね。今じゃ信じられないような、北朝鮮万歳の話もあって、そのなかで福田の「平和論」が批判されているという状況です。だから、本当に異様だったと思いますよ。まぁ、ただ、異様だと言いながら、かつては僕自身に心情左翼的なノリがあっていたので(笑)、それに取りつかれる心性がわからんじゃない、というのはありますけど。

三浦:今だと、ネットで炎上してたわけじゃない、「平和論」はね。

浜崎:そうですね、確かに(笑)。

三浦:大炎上(笑)。福田一人だけ燃やされちゃったみたいな、魔女狩りみたいな状況だった。しかし福田は、ちゃんと常識と理屈で考えて反論した。揚げ足とり、搦め手戦法などとやじられながら。

保守とは、己一人で生きること

三浦:余談ですが。その「絶望」から始まる世代について、もうちょっと突っ込んで説明してもらえませんか?

浜崎:もちろん、おおげさな意味では全然ないんです。さっき言ったことににも通じますが、卑近な実感のレベルで言うと、たとえば、僕自身が日大の芸術学部出身ということがまずあるんじゃないか、というのが一つ。つまり、日芸なんか行ったって就職はまずない、というなかで、僕自身を含めて、みんな30過ぎまでフラフラせざるを得ない。そういう人間が僕のまわりを構成しているので、そういう言い方になってしまったのかもしれません。それが他の大学の場合だとわからないんですが。
 もうひとつは、実は思想史の問題をずっとやっていたときに、やっぱり保守の問題にどうしても突き当たってしまうところがあって。その突き当たり方も、もしかすると、時代というか、世代的なものと関係するんじゃないか、と。ポストモダン以後に、改めて近代思想史なんかを振り返ったときに、重要なのは、ロマン主義と歴史主義、それに保守なんじゃないかと見えてくるんですよ。たとえば、まず、フランス革命以降に出てきた問題を引き受けたのがドイツ・ロマン派、あるいはドイツ観念論だった、と。で、それは個人の自由ってやつがどのようにして立ち上がるのかというところを理論化していった。つまり、自己による自己の決定というような形で、自律的個人という問題が立ちあがってくる、と。。
 ただ、これを加速していくと、ドイツ・ロマン派がそうだったように、「イロニー」の問題にぶつかる。自己を決定する自己を決定する自己を決定する…というような形で、自己言及的な無限後退が始まって、あることを言った瞬間、その意味がイロニカルにそれをずらされる。じゃぁ、ずらして、それを決定するのかと思いきや、それがまたずらされる、というような形で、再帰性の泥沼にはまりこんでいく。それをフランス革命以降の「近代」の問題だと捉えれば、それは、まさに「ロマンティッシュ・イロニー」の問題だ、と。。
 それで、たとえば、フィヒテがいて、シェリングがいて、そこから影響を受けたノヴァーリスや、シュレーゲルがいてと勉強していって、改めてヘーゲルを読み直したとき、あぁ、だからヘーゲルは、ロマン派以後に出てきたんだ、と見えてくる。『精神現象学』って本は、まさに「イロニー」を乗り越えようとして、だから反省だけじゃダメなんだ、と。反省はどこかで止揚されなければならない。そして、それは最終的に「絶対知」で止まるはずなんだ、という信憑を打ち立てたようなものですよね。  で、実際、その後、ヘーゲル左派から、その「観念論」を「唯物論」に落としましょうという形で、マルクスが出てくる。そうすると、マルクスはまさに個人の反省を超えるものとして社会というものをまず置いて、そこに個人を回収していくという形で解決策を見出していくわけです。ただ、それも、だいたい100年か150年かたって、信憑性が薄れてくる。それが1968年というところです。。
 実際、ポストモダニズムうんぬんというのが68年の「革命」に起源するということがよく言われるようになる。で、その後に出てくるのが、ローティなんかもそうですが、日本では、たとえば北田暁大とか、仲正昌樹とか、あるいは宮台なんかも、みんな、ロマン主義、あるいはイロニーについて語り出すわけですね。つまり、歴史主義の終わった後に、もう一度、ロマン主義の問題が復活しているように、僕には見えた。つまり、個人の自己決定の問題が。。
 それなら、そこでまた自己言及の無限後退が起こってきてしまうわけです。これと、それと、あれのなかから、これを選択するとなると、その選択自体が相対的だから、ずっと不安なんですよね。不安だから、結局、また自己言及的に反省せざるを得ない。しかも、その自己反省が、しだいに、他者に対する疑心暗鬼と不安とにつながってくるということがある。となれば、これは一体どうやって止めるのか、と考えていたわけです。

三浦:それは、僕の言う「自分らしさ消費」の限界と近いね。

浜崎:まさに同じだと思います。そこで、「宿命」とか、「宿命としての伝統」とか、ただ、そう言っちゃうと理念化されてしまいがちですが、もっと身近な手ごたえ、手ざわり、リアリティ、その選びようがなく、強いられている場所に、結局のところ足場を置かざるを得ないという感覚のなかで、そうだ、フランス革命のあとに、ロマン主義と歴史主義が出たけれど、そういえば、イギリスに、もう一人、エドマンド・バークもいたなぁと。

三浦:保守主義。

浜崎:そう。そのときに、あぁ、そうか、だから、保守とは、己一人で生きることを言うと同時に、その一人を支えている常識や、それを醸成している伝統を言わなければならなかったのか、と。その時、彼らが見てたものの意味が、ようやく腑に落ちてくる、というところがありまして。で、そこで改めて福田を読んだとき、その言葉は、現代思想的な文脈でも、相当意味があるんじゃないかというふうにも見えてきましたね。

三浦:なるほどね。それを位置づけ直すのは、さらにこれからの作業になる?

浜崎:そうですね、できることなら(笑)。ついでに、文学の話になっちゃって恐縮なんですが、ちょうど僕らの世代の文学研究といえば、カルチュラルスタディーズとか、ポスコロ(ポストコロニアル)研究が大手をふっていて、文学がそれに回収されていく感じが90年代にあったんですね。それで文学を見失いかけていて、なんで文学をやっているのかな、それなら社会学でいいじゃないかとかいうところがあったし、すべてが制度だとしたら、文学をやっている意味がないという感じがあって、それをずっと疑問に思っていたときに、福田の『作家の態度』や『西欧作家論』を読むと、一気に晴れる感じでしたね。なぜ僕が文学をやったのかが全部書いてあるという手ごたえがありましたね。

三浦:なるほど。浜崎さんは落語が好きで、古本屋が好きだそうですが、「伝統」の手ざわりというか、そういうものを求める昨今の風潮ともつながりますかね。「南部鉄器はいいわね」みたいな感覚とかとも(笑)。

選べないということ

浜崎:そうですね(笑)。これも、福田が相当理屈っぽく書いていて、「附き合ふといふこと」というエッセイがあるんですよね。

三浦:あれはいいエッセイ。

浜崎:いいですよね。あれなんて、まさに、かけがえのなさが一体どこに宿るのかを書いているエッセイだと思うんですが、ただ、理念というのはかけがえのあるものですよね。つまり、これとそれとあれとは取り換え可能だし、この理念がダメならこっちの理念だという話になりかねない。
 じゃあ、どこで僕らが支えられているのかというと、それは「かけがえのなさ」なんだと、そのためだったら、まぁ死んでもいいとは言いませんが、その程度のところまでいかないと嘘だという感覚がある。で、そのレベルで、かけがえのないことというのは「附き合い」のなかにしか育たないんだと。まさに物を「使ふ」のも、人に「仕ふ」のも同じで、二つのものが「附く」と「合ふ」で、「付き・合ふ」。それは、二つのものが折れ合っていく時間、あるものとあるものが馴染んでいく時間、その時間が堆積していくことの事実性なんだと。ということは、それは、そう簡単に取り換えはできない。そして、そこに、我々が生きているという感覚が宿る。それを福田は「生き甲斐」と呼んでいますが、それはどうしようもなく本当にそうでしたね。僕の実感とぴったりでしたね。

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